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松山地方裁判所 平成6年(モ)1423号 決定

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

第一  申立ての要旨

一  本案訴訟の概要

被申立人は、株式会社伊予銀行(以下「伊予銀行」という。)が株式会社マルタホーム(以下「マルタホーム」という。)に約束していた追加融資を打ち切ったため、マルタホームが事実上倒産し、既にマルタホームに融資していた四七億円のうち回収不能となった三八億七七六〇万円相当の損害を被ったとして、同銀行の常務会における右追加融資の打切決定(以下「本件追加融資打切決定」という。)に賛成した申立人らを被告らとし、右損害額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める株主代表訴訟(松山地方裁判所平成六年(ワ)第六九九号事件。以下「本案訴訟」という。)を提起した。

そして、本案訴訟の請求原因において、被申立人は、伊予銀行が、平成三年七月から国際開発株式会社(以下「国際開発」という。)と共同で愛媛県新居浜市東田地区における大規模な住宅開発(以下「東田開発」という。)を企画していたマルタホームに対する前記の追加融資を打ち切らなければ、東田開発を遂行し完了することによって得られた莫大な利益から融資金員の全額につき返済を受けることが可能であったから、本件決定に賛成した申立人らの行為は、融資基準に著しく違反し、取締役として同銀行に対して負う善管注意義務ないし忠実義務に違反するものであると主張する。

二  しかしながら、被申立人の主張する右請求原因は、次のとおり、理由がない。

1. 申立人青野の無関与

申立人青野は、伊予銀行の常務会の構成員ではないから、本件追加融資打切決定には全く関与していない。したがって、申立人青野には、職務上の義務違反がない。

2. マルタホームに対する本件追加融資打切決定には、次のとおり正当な理由があり、これに賛成した申立人ら(ただし、申立人青野を除く。)には、善管注意義務ないし忠実義務に違反するところはない。

(一)  伊予銀行は、平成二年四月、マルタホームに対して、東田開発が同社の単独事業であることを条件として、東田開発所要資金の融資を決定し、右工事の進捗に従い順次所要資金を融資してきた。しかしながら、国際開発から、東田開発は同社とマルタホームとの共同事業である旨の指摘を受けたことから、東田開発は、マルタホーム単独事業ではなく、国際開発との共同事業である疑いが生じた。

(二)  マルタホームは、伊予銀行からの融資金を用地取得資金等のため適正に支払をした旨の報告をしながら、実際には、領収書を偽造して右目的の融資金の一部を外に流用しており、その金額が約一〇億円に達する疑いが生じた。

(三)  マルタホームは、支払能力がないのに、平成六年四月ころ、国際開発等に対し、理由もなく合計金額約一三億三〇〇〇万円という多額の約束手形を振り出した。

(四)  以上の事情の下では、仮に伊予銀行がマルタホームに追加融資をしたとしても、その融資金は右手形の支払等に流用されてしまうだけであり、東田開発の成功は望めず、伊予銀行が大きな損害を被ることが明白であったため、申立人ら(ただし、申立人青野を除く。)は、マルタホームに対する本件追加融資打切決定に賛成したものであり、これは、取締役として当然の措置であって、取締役としての忠実義務、善管注意義務に反するところは何もない。

三  被申立人は、右の事実を知りながら、次のとおり申立人らの信用を害するため本案訴訟を提起したものである。

1. 被申立人は、高利の貸金業を営む有限会社西和クレジット(以下「西和クレジット」という。)の代表取締役であるが、マルタホームの代表取締役であった田坂功や国際開発の代表取締役である藤原一郎(以下「藤原」という。)らと交際がある上、平成六年七月ころにマルタホームの株式を取得し同年八月五日に同社の代表取締役に就任しており、マルタホームの内情にも通じ、東田開発の状況等も良く知っていた者である。しかも、西和クレジットが、マルタホームの振出した前記一三億三〇〇〇万円の約束手形のうち手形額面一億二〇〇〇万円と同三〇〇〇万円の二通の約束手形を国際開発等から取得していることからすると、被申立人は、伊予銀行がマルタホームに追加融資をすれば、これが、東田開発の資金には使用されず、マルタホームにとって理由のない右手形等の決済に充てられるのみであり、その結果、伊予銀行が一層損害を被る結果になることを熟知していた。

右のことからすると、被申立人は、伊予銀行がマルタホームに対する追加融資を打ち切ったことは当然であり、したがって、本件追加融資打切決定に賛成した申立人ら(ただし、申立人青野を除く。)に取締役としての忠実義務、善管注意義務に反するところがないことを知っていた。

2. 本案訴訟は、被申立人がマルタホームの代表取締役を辞任する手続をとったわずか五日後に提起されており、しかも、被申立人は、訴状提出後記者会見をし、一方的な発表をしてマスコミに本案訴訟を報道させ、また、マルタホームに対する融資の件について三回にわたっていずれも伊予銀行に対する誹謗中傷に満ちた記事を掲載している情報紙の記者に対し、本案訴訟の提起前にも、株主代表訴訟の手続をとったことの詳細を告知していること、国際開発も、伊予銀行に対しマルタホームへの追加融資を迫り、これをしないときは株主代表訴訟を提起する旨予告していたなどからすると、本案訴訟は、被申立人が、藤原らと意を通じて、伊予銀行や申立人らの信用を毀損し困惑させて、伊予銀行から何らかの譲歩を引き出し、西和クレジットのマルタホームに対する一億五〇〇〇万円の手形債権を回収するなど、西和クレジットひいては被申立人個人としての利益を得る目的で提起されたものであって、明らかに権利の濫用に当たるものである。

四  申立人らは、本案訴訟に応訴することを余儀なくされて愛媛県弁護士会に所属する申立人ら代理人二名を本案訴訟代理人に委任した。申立人らは、右手数料及び報酬として同弁護士会報酬規定の定めにより、代理人各自に対しそれぞれ八九四〇万円合計一億七八八〇万円の支払義務があり、同額の損害を被った。

五  よって、右損害金のうち一億円の担保の提供を求める。

第二  当裁判所の判断

一  商法二六七条六項において準用される同法一〇六条二項の「悪意」とは、株主代表訴訟を提起した原告において、自らの請求が棄却される蓋然性が高い事情が存在することを認識しながら、あえて提起した場合、又は、代表訴訟を手段として不法不当な利益を得る目的で提訴した場合をいうと解すべきである。

二  本案訴訟が棄却される蓋然性の有無及び被申立人の認識

1. 本案訴訟は、前記のとおり、伊予銀行が、マルタホームに対する追加融資を打ち切ったため、回収不能となった融資金相当の損害を被ったと主張し、申立人らに対し損害賠償を求めた事案であり、その請求原因は概括的であるが、主張自体が失当であり請求が認容される可能性がないとはいえない。

2. 一件記録によれば、申立人青野は、マルタホームに対する本件追加融資打切決定をした当時、伊予銀行の常務取締役であったが、同銀行の常務会に出席していなかったことが一応認められるから、申立人青野に対する本案訴訟の請求は、棄却される蓋然性が高い。しかしながら、申立人青野が本件追加融資打切決定をした常務会に出席していなかったことについて、被申立人がこれを認識していたとの疎明はなく、かえって、申立人青野がその当時常務取締役であったことからすると、常務会に出席すると考えるのが通常であるから、同銀行の部外者である被申立人には右事情の認識がなかったと認められる。そうすると、被申立人がこのような事情を認識しながらあえて訴えを提起したものとはいえないから、この点に関し、被申立人に「悪意」があるとの申立人らの主張は理由がない。

3. 一件記録によれば、伊予銀行は、平成二年三月、マルタホームから東田開発のための融資要請を受けたので、マルタホームが単独で事業を行うことなどを条件として、同年四月以来、同銀行本町支店の担当で融資を実施し、その担保としてマルタホーム所有土地に根抵当権を設定したこと、さらに、平成五年三月三〇日には、マルタホームに対し、限度額を九三億円とする融資確約書を交付したこと、しかしながら、実際には、マルタホームは、東田開発を国際開発との共同事業として遂行しようとしており、同銀行も、国際開発の代表者の藤原からの申出等によりこれを知るところとなったこと、さらに、マルタホームが、平成六年四月一八日、支払期日を同年七月二〇日とする約束手形二七通(額面合計一三億三〇〇〇万円)を振り出しており(そのうち一七通は、受取人が国際開発若しくは藤原であるか、受取人白地で第一裏書人が国際開発若しくは藤原である。)、これを知った同銀行は、マルタホームには同年五月一二日に開発許可を受けた東田開発を遂行する能力がなく追加の融資をしてもその融資金員は右手形の支払に充てられるにすぎず、追加融資分も同銀行の損害となるものと判断して、同月二〇日の常務会などで、本件追加融資打切決定をし、それ以来、融資を実行していないことが一応認められる。

ところで、本案訴訟は、本件追加融資打切決定により同銀行に損害を与えたことについて、同銀行の取締役である申立人らに職務上の義務違反があったというものであるから、同銀行の損害の発生と申立人らの義務違反の有無が争点になる。ところが、現段階では、本件追加融資打切決定による損害発生の有無、すなわち同銀行のため設定していたマルタホーム所有の不動産に対する担保権の実行等によりこれまでの融資金員のうちどの程度のものを回収することが可能であるかどうかについて、一応の判断をするのに必要な疎明がない。また、申立人らの職務上の義務違反の有無を判断する前提として、融資を継続していた場合の同銀行の被ったであろう損害の有無程度を明らかにし、これとマルタホームに対する追加融資打切りによる同銀行の損害の有無程度を比較した上、追加融資打切りと継続のいずれが同銀行の損害の発生若しくは拡大を防止するための手段として適切であったかどうかなどについて判断しなければならないが、これを判断するに足りる疎明もない。そうすると、現段階では、同銀行に損害が発生せず、申立人らに職務上の義務違反がなかったとはいえず、これらの点については、今後の双方の主張・立証によって判断するのが相当である。

したがって、被申立人において本件追加融資打切決定により同銀行が損害を被っていないことを知っていたと窺える事情もない以上、本案訴訟の請求が認容される見込みが低い事情を知りながらあえてこれを提起したと認めるのは困難である。

三  不当目的について

1. 一件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  被申立人は、平成三年一一月から、伊予銀行(発行済株式総数約三億二三六二万株)の株主(持株三万株)であるが、平成六年七月二三日、同銀行監査役に対し、本案訴訟の請求原因で主張するような理由で申立人らの責任を追及する訴えを提起するように請求した。

(二)  その上で、被申立人は、マルタホームが後記のとおり不渡りを二回出した後の同年八月五日に同社の代表取締役に就任したが、同年一〇月一日にはこれを退任し、同年一〇月六日、本案訴訟を提起した。

(三)  ところで、被申立人は、金融業等を営む西和クレジットの代表取締役であるが、被申立人若しくは西和クレジットは、マルタホーム振出しの前記約束手形二七通のうち、額面一億二〇〇〇万円の一通を国際開発から裏書譲渡を受け、さらに、同三〇〇〇万円の一通を国際開発から西原清(被申立人退任後のマルタホームの代表取締役)を経由して裏書譲渡を受けているところ、右手形二通は、平成六年七月二一日、資金不足を理由に支払が拒絶されている。

(四)  被申立人は、マスコミ等に積極的に働き掛けて、本案訴訟を提起することを報道させている。

2. しかしながら、被申立人が、前記手形二通の支払を受ける目的で本案訴訟を提起したのであれば、その提訴後もこれらを所持しているはずであるが、一件記録によれば、右手形二通は、被申立人と西和クレジットの裏書が抹消されている上、平成六年一一月二四日、愛媛県警により西原清から押収されており、被申立人若しくは西和クレジットは、それ以前にその所持を失っていたことが一応認められるから、被申立人に右のような目的があったとは認め難い。また、被申立人がマルタホームと密接な関係があるとしても、本案訴訟提起の段階において、伊予銀行がマルタホームに再度融資する可能性があったと窺うことはできないから、マルタホームに対する融資を継続させるために本案訴訟を提起したと認めることもできない。その他、被申立人が本案訴訟の提起によって同銀行から何らかの譲歩を引出して西和クレジットないしは被申立人個人の利益を図る目的があると窺うに足りる疎明はない。

第三  結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、申立人らの本件申立てはいずれも失当であるから、主文のとおり決定する。

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